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「あ、読んでみたい」「これ読もう!」が必ず見つかる
「あ、読んでみたい」「これ読もう!」が必ず見つかる 『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』 編著者・嵯峨景子さんに聞く
『十二国記』、『炎の蜃気楼(ミラージュ)』、『なんて素敵にジャパネスク』などなど、1980年代から現在に至るまで、10代の女性を中心に大きく隆盛をほこったジャンルが少女小説だ。そんなキラ星のごとき少女小説の名作傑作を集めたガイド本『大人だって読みたい!少女小説ガイド』(嵯峨景子、三村美衣、七木香枝編著/時事通信社刊)。ミステリーやSF、ライトノベルのガイド本は数あれど、少女小説のガイド本はこれまで意外なほどになかったが、同書には約180タイトルが紹介されており、まさに決定版ともいえる一冊に仕上がった。編著者の一人で、少女小説の研究家でもある嵯峨景子さんに話を聞いた。
―まずは今回取り上げられている「少女小説」の定義について教えてください
嵯峨 このガイド本では「コバルト文庫」以降の少女小説専門レーベルの文庫と、新書、単行本のオリジナル作品を中心にしました。一般的に「少女小説」というと、吉屋信子の作品や『若草物語』などのクラシックを思い浮かべる人が多いと思います。今回は古典的な小説や翻訳もの、一般文芸作品は外して、コバルト文庫以降の流れを汲む女性向けエンターテインメント小説を紹介する本というコンセプトで企画を進めました。また、少女小説専門レーベルをメインに据えたうえで、一部は専門レーベル外の作品もセレクトしているのが本書の特徴です。男性を主な読者層とする少年向けライトノベルからは、少女小説読者に読んでほしい作品を厳選し、少女小説のエッセンスを受け継ぐ一部のキャラ文芸、ライト文芸の作品も入れています。
―ライト文芸の作品にも目配りしているのは面白いですね
嵯峨 ライト文芸レーベルと少女小説の読者は必ずしもイコールではないのですが、作家が共通していることも多く親和性のあるジャンルです。本書には最近の作品も入れたかったので、「少女小説好きに読んでほしい作品」はレーベルを限定しすぎないようにしてセレクトしました。
―80年代の少女小説というと、どうしても氷室冴子さんや花井愛子さんといった大御所が思い浮かびます
嵯峨 まさに少女小説の全盛期を担った作家たちですよね。少女小説の売上のピークは89年ごろでしょうか。80年代は少女一人称による恋愛小説が人気で、コバルト文庫(集英社)とティーンズハート(講談社)が2大レーベルとして支持を集めました。90年代に差し掛かるとファンタジーが次の柱として隆盛し、講談社はホワイトハートを創刊する……というのが少女小説史上の基本的な展開です。ただ、本書は少女小説史の概説書ではないので、こうした歴史的経緯はふまえつつも、あえて年代順やレーベルごとには並べていません。ガイド本としての面白さや広がりを考えながら、9つのジャンルにわけて作品を紹介しています。
―膨大な数の作品からセレクトしていくのは大変な作業だったと思いますが
嵯峨 時事通信社の編集さんとの初期段階の打ち合わせでは、候補は300タイトルにも上りました。ここからさまざまな試行錯誤を重ね、最終的には収録した約180タイトルに絞り込みました。入れたくても入れられなかった作品がたくさんあり、この作業が一番苦しく悩ましかったところです。スタンスとしては、作品の知名度にかかわらず、読みどころのある本をセレクトするように心がけました。レーベルバランスに言及すると、最も歴史の長いコバルト文庫の作品が多くなることは避けられませんが、コバルトのガイド本にならないようにと意識はしています。
―嵯峨さんは編著者の一人ではありますが、こだわった部分はありますか
嵯峨 私はこの本のバランス調節役に徹して、メジャー作品とマイナー作品の両方が入るよう気を配りながら作品を選びました。結果的に私はメジャー作担当の役回りになりましたが、一部には自分の趣味を反映しています。なかでも『天夢航海』 (谷山由紀/ソノラマ文庫)はどうしても入れたかった思い入れの深い一冊です。編者によって選ぶ作品傾向が違うので、そこも含めて楽しんでいただきたいですね。また、巻頭には津原泰水さんと若木未生さんのインタビューを収録しています。かつての貴重なお話を伺うなかで、これまで語られにくかった少女小説の「負の側面」にも踏み込んでいます。読者が夢中になって読んだあのシリーズの裏で、作家たちがいかに過酷な境遇に置かれていたのか、今こそ多くの人に知ってほしいです。
―こういう本を待っていた人もいるのではないでしょうか
嵯峨 少女小説は多くの人が親しんだジャンルでありながら、今もなお軽んじられることが多く、歴史的にも埋もれがちです。少女小説出身の作家さんたちが一般文芸でも活躍されていますが、その活躍を嬉しく感じながらも、少女小説時代の作品がもっと顧みられてほしいと思っていました。こうした「ガチ」な選書のガイド本が出ることで、作家側も読者側も盛り上がって、少女小説への風向きが変わることを期待したいです。ありがたいことに発売前に重版が決まり、こういう本を待っていた人が沢山いたのだと勇気づけられています。1000字という密度のブックレビュー、作品を紹介するキャッチコピーやキーワード、詳細な書誌情報、豪華執筆者による多彩なコラム、そして丹地陽子さんによる最高のカバーと、細部までこだわって作り上げたガイド本です。「あ、私これ読んでたな」「この小説、昔好きだったな」「今度、読んでみたいな」と思える一冊が必ずありますので、ぜひ手に取ってみてください。
※このインタビューは、本書の刊行時(2020年11月)に行われたものです。
(文/荒川澄)
〈目次〉
◎人気作家独占インタビュー
津原泰水・若木未生
◎作品紹介
I 妖
ゴーストハント/鬼舞/封殺鬼/かくりよの宿飯…他
II 宮廷
なんて素敵にジャパネスク/(仮)花嫁のやんごとなき事情/後宮の烏…他
III 仕事
伯爵と妖精/茉莉花官吏伝/女王の化粧師/薬屋のひとりごと…他
IV 謎解き
ルピナス探偵団/宝石商リチャード氏の謎鑑定/まんが家マリナ…他
V SF
星へ行く船/キル・ゾーン/西の善き魔女/ティー・パーティー…他
VI 青春
丘の家のミッキー/マリア様がみてる/グラスハート…他
VII 恋愛
アナトゥール星伝/身代わり伯爵/わたしの幸せな結婚…他
VIII 歴史
彩雲国物語/十二国記/炎の蜃気楼/金星特急/風の王国…他
IX 異世界
影の王国/乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…他
◎コラム(執筆者)
青柳美帆子・池澤春菜・コイケジュンコ・小池みき・小松原織香・桜井宏徳・高橋かおり・土居安子・ひらりさ
編著/嵯峨景子・三村美衣・七木香枝
【編著者プロフィール】
嵯峨景子(さが・けいこ)
1979年生まれ。フリーライター、書評家、大学非常勤講師。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。近現代の少女小説研究をライフワークとし、出版文化やポップカルチャーなどをテーマにさまざまな媒体に寄稿する。著書に『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社、2016)、『氷室冴子とその時代』(小鳥遊書房、2019)など。
三村美衣(みむら・みい)
1962年生まれ。レビュアー。ファンタジー、SF、ライトノベル、YAなどの分野で書評や文庫巻末解説などを執筆。創元ファンタジイ新人賞など、各社の新人賞選考にも携わる。著書に『ライトノベル☆めった斬り!』(共著/太田出版)。『この本、おもしろいよ!』(岩波ジュニア新書)、『SFベスト201』(新書館)などのブックガイドにも寄稿している。
七木香枝(ななき・かえ)
1989年生まれ。ライター、デザイナー、豆本作家。本好きが高じて製本をはじめ、大学院では明治・大正期の少女雑誌について研究。雑誌『彷書月刊』掲載の本にまつわる随想「本の海で溺れる夢を見た」のほか、同人誌『少女文学 第一号』(少女文学館)への寄稿などがある。